子ども家庭福祉研究・研修機構
Research and Training Institute of Social Work with Children and Families

英国からの手紙(A letter from the UK)

「英国からの手紙」について

この「英国からの手紙」のシリーズは、英国や世界の子ども家庭福祉やソーシャルワークの政策・研究動向を日本のソーシャルワーカーや研究者に伝えるものです。子ども家庭福祉・ソーシャルワーク分野の英国の著名な研究者ジュン・ソバーン(June Thoburn)先生が書き手で、年に数回のペースで継続していきます。

「英国からの手紙」の筆者について

June Thoburn

  • 英国国立イーストアングリア大学ソーシャルワーク学部教授・名誉教授
  • 同大学子ども家庭研究所創設者
  • CAFCASS(Children and Family Court Advisory and Support Service)特別顧問
  • CBE(Commander of the Order of the British Empire.大英帝国勲章受章者)


オックスフォード大学卒業。1963年にソーシャルワーカーの資格を取得し、1979年に英国国立イーストアングリア大学(UEA)と英国ノーフォーク郡議会から共同任用されるまで、イングランドとカナダの地方自治体の子ども家族ソーシャルワーク部門やジェネリックプラクティス(Generic practice)で勤務していた。

UEAでは、子ども家庭研究所(Centre for Reseach on the Child and Family)などの創設者として、ソーシャルワーカーがさまざまな情報源に基づく知識を、適切に活用できるよう支援する革新的な方法を見つけることに特に関心を持っていた。最近では国際的な子ども福祉に大きな関心を寄せている。

現在、子どもや若者の利益を代表し、英国の家庭裁判所の訴訟において、子どもと家庭裁判所のアドバイザリーとサポートサービスを提供する組織CAFCASS*(Children and Family Court Advisory and Support Service)の特別顧問であり、ノーフォーク郡家族司法委員会の議長である。2002年に「ソーシャルワークへのサービス」に対する貢献により、CBECommander of the Order of the British Empire.大英帝国勲章の第3位コマンダー)を授与された。また2023年には英国ソーシャルワーカー協会の生涯功労賞を受賞している。

日本には2回来日し、日本での訳本も3冊出版されている。日本の子ども家庭福祉研究者や里親や児童養護施設などの関係者との交流経験は多い。

Professor June Thoburn

英国からの手紙1(2024年8月30日投稿)

英国からの手紙1(2024年8月30日投稿) 

深刻な資金不足の中での制度改正・実践改善への動き



June Thoburn

  • 英国国立イーストアングリア大学ソーシャルワーク学部教授・名誉教授
  • 同大学子ども家庭研究所創設者
  • CAFCASS(Children and Family Court Advisory and Support Service)特別顧問
  • CBE(Commander of the Order of the British Empire.ソーシャルワーク分野大英帝国勲章受章者)

はじめに

 この「英国からの手紙」の冒頭で、お伝えしたいことがあります。英国の子ども家庭ソーシャルワークと社会福祉全般で起きていることについて、私の考えを日本の子ども家庭ソーシャルワーカーと共有できることを光栄に思っていることです。この手紙は、私の良き友人であり同僚でもある西郷教授の提案を受け、年数回程度のシリーズものとして書くことにしました。私は以前日本を数回訪問し、日本のサービスについて学ぶ機会に恵まれました。また『オックスフォード子ども保護システムハンドブック(The Oxford Handbook of Child Protection Systems)』(徳永、福井、西郷、永野、2023年)の日本に関する章や、西郷教授が私の地元ノーリッチ市と私の大学(英国国立イーストアングリア大学)のソーシャルワーク学部を最近訪れた機会を通じ、日本と英国の類似点と違いについての理解を深めました。

 これらの「手紙」を私が書くに際し留意いただきたい点は、政策、法律、データについて言及する場合は、主にイングランドについて触れるということです。弱い立場にいる子どもと家族に対する英国内の4つの国のサービスは、本質的に非常に似ていますが、4つの国にはそれぞれ独自の法律とガイドラインを作成する権限があるため異なる点もあるのです。

 この最初の「手紙」では、ソーシャルワーク・サービスを必要とする子どもや家族の生活に影響を与えてきた政策の発展やサービスを必要とする人々の変化、そして現行のサービスに関する最近の変化に焦点を当てます。今後の「手紙」では、サービスがどのように提供されるか、ソーシャルワーカーや「家族を取り巻くチーム」(多職種協働チーム)の同僚の支援アプローチについてさらに詳しく説明していくつもりです。(これについては、西郷教授が日本語に翻訳した協働実践に関する私の本:ジュン・ソバーンほか(2018)『子育て困難家庭のための多職種協働ガイド』明石書店 を参照してください)。

 14年間にわたる保守党政権の後、現在では労働党政権になり、労働党は議会の多数派となっています。しかし、英国政府は引き続き深刻な財政的困難が続いているという事実から話し始めなければなりません。サービス改善ための積極的な計画はあるのですが、福祉サービス(所得援助、医療サービス、学校・住宅・コミュニティおよび青少年サービス、ソーシャルワークおよびソーシャル・ケアサービス)への資金が非常に制約されているのです。このサービス改善のための積極的な計画の背景には、貧困に苦しむ子どもの数が大幅に増加していること(英国の子どもの3分の1が、少なくとも3年間貧困に苦しんでいる)があります。不安定な仮設住宅に住む人やホームレスの数は 145,800 人であり、これらすべてのサービスとソーシャルワーク・サービスのための資金は、ニーズを満たすのに不十分でした。資金不足のため、ソーシャルワーカーのトレーニングも不十分で、ソーシャルワーク・サービスに対するニーズの高まりに対応するソーシャルワーカーの定着率も低くなっています。

子どもおよび家族サービスの継続と変化

 1989 年の子ども法は、何回かの改正がされ、現在でも主要な子ども福祉法であり、国連の子どもの権利条約に沿ったものです。この法律は、離れて暮らす家族や家族支援サービス、子ども保護サービス、家庭外養護の子ども向けのサービスに関する規定が含まれています。詳細については、前掲の「オックスフォード子ども保護システムハンドブック」の私の章をご覧ください。

 サービスを必要とする人々には変化がありました。一部は利用可能な (ユニバーサル) サービス (特に子どもおよび青少年のメンタル ヘルス サービスと障害のある子ども向けのサービス) の削減の結果であり、また一部は人口動態の変化の結果でもあります。政府の資金削減の結果、地方自治体は、家庭内での弱い立場の子どもや家族への支援サービス(「支援を必要とする子ども」または「早期支援」サービスと言われているもの)を削減しています。評価の高い「Sure Start」ファミリーセンターの多くが閉鎖され、その結果、虐待の疑いで紹介される子どもが増加しています(しかし、実際にサービスを受けられたのはそのうちの33%に過ぎませんでした)。子ども保護計画(子どもの保護のためのケアプラン)が必要と評価された子どもも74%増加しました。さらに驚くべきことに、現在83,840人の子どもが家庭外で養育されています(2008年以降41%増加)。最も顕著なのは、養育を受ける年長の子ども(10歳以上)の増加です。貧困から生じる家族のストレスや家庭内暴力や依存症もその一因であり、不良グループに引き込まれ、不良グループの暴力から保護を必要とするティーンエイジャー、特に男の子が増えています。またこれ以外にもオンラインでの性的虐待も増加しています。(これらは「家族外虐待」と呼ばれます)。なお、保護下にある十代の若者の増加の一部は、保護者のいない難民の子どもの増加によるものです。

何をすべきか?

 最近、政府の資金による独立した調査が 3 件実施され、その問題について報告し、改正を勧告しています。

  • 子ども性的虐待に関する独立調査 (IICSA) (2015-2022) iicsa.org.uk

 この調査では、児童養護施設や寄宿学校、教会、スポーツ、その他のデイサービスにおける過去および現在の性的虐待について調べています。6,000 人を超える子どもの性的虐待の被害者およびサバイバーが証拠を提供し、調査のアドバイザーを務めました。調査では、質の高い研究、文献レビュー、認識されている虐待の調査などが行われました。サービス改善のための詳細な勧告として、次のことが指摘されています。

   - 性的虐待に気づいた場合、子どもたちのための仕事やボランティア活動に従事しているすべての人に、警察やソーシャル・サービスに報告することを義務付ける新しい法律を制定すべきである (義務的報告)

 これは、現在の法律への不必要な改正であるとして、ほとんどのソーシャルワーカーから反対されており、現在まで実施されていません。

  • 子ども福祉に関する独立レビュー(The MacAlister Review/マカリスターレビュー)

https://committees.parliament.uk/publications/45122/documents/223512/default/

 このレビューは、子どもの福祉サービスのあらゆる側面の問題について証拠を集め、まとめてあります。このレビューでは、家族支援サービスへの資金提供を大幅に増やすことを勧告しています。このことにより、施設で養護される子どもたちに掛かる非常に高い費用が削減されることが期待されています(児童養護施設の80%以上と、里親家庭の養護の約50%は、大きな民間営利機関によって提供されています)。特に、親族里親への資金提供の増額と改善を求めています。また、必要なサービスを決定するために家族会議をより多く活用するなど、実践に関する詳細な勧告も含まれています。

 保守党政権は、最近の選挙で敗北し労働党政権に取って代わられる前に、勧告された改善に取り組み始めていましたが、提案されていた資金提供はされないままでした。(DfE; Department for Education(2023Stable Homes Built on Love/教育省(2023)『愛に基づいた安定した家庭) www.gov.uk

 障害のある子どもに対する在宅および居住サービスの不十分さについては特に懸念が示されています。マカリスターレビューが勧告している事項の一つは、英国政府の法制度(改革)委員会が障害のある子どもに対するサービスを改善するため、法律が必要かどうかを検討すべきであるというものです。(Law Commission Consultation – Possible changes in legislation/法制度(改革)委員会協議会「障害のある子どもに関する法律改正の可能性」)

  • 英国の議会プロセスでの重要な特徴は、特別委員会システムです。教育特別委員会はすべての政党の国会議員で構成され、政府の仕事を見直す上で重要な役割を果たしています。2024年に、教育特別委員会は、子どもと家族の社会福祉サービスの供給と受給することに関わるすべての人から資料を収集しました。子どもの社会福祉サービスに関する調査です。2024年5月に選挙が提起された時点で業務は停止しています。書面による資料や口頭による様々な証拠の録音記録は www.gov.uk で入手できます。新政権への助言が書かれている議長からの手紙は、非常に興味深い内容になっています。

https://parliamentlive.tv/event/index/35512eaa-99fa-4917-981e-30933618204e

 

 このすべてに関する批判的な論評も興味深いかもしれません。Sen, R &Kerr C. (eds) (2023) The Future of Children’s Care. Policy Pressこのことに関する、とりわけ実践とサービス提供における新たな展開については、今後さらに詳しく説明して行きます。

おわりに

 この手紙について、皆さんからの反響があることを願っています。何かご質問や、私に明確にして欲しい点、またはもっと詳しく話して欲しい点がありましたら、ぜひお知らせください (j.thoburn@uea.ac.uk)。 ソーシャルワークに関する私の考察の背景についての詳細は、私のウェブページでご覧ください。

https://research-portal.uea.ac.uk/en/persons/june-thoburn


【原文】

A Letter from the UK

 

June Thoburn

 

I open this my introductory ‘Letter from the UK’ by saying it is an honour to be invited by my good friend and colleague Professor Saigo to share with Japanese child and family social workers my reflexions on what is happening in UK Child and family social work and social services more broadly. I have been privileged to spend some time in Japan learning about your services, and my understanding of similarities and differences was up-dated by the chapter on Japan in ‘The Oxford Handbook of Child Protection Systems’ (Tokunaga, Fukui, Saigo and Nagano, 2023) and by Professor Saigo during a recent visit to my home town Norwich and my University School of Social Work (University of East Anglia).

 

An important point to make as I write these ‘letters’ is that when I refer to policy, legislation and data, I will mainly be referring to England. Although services for vulnerable children and families across the four UK nations are essentially very similar, each of the four has powers to make their own laws and guidance.

 

In this first letter I shall concentrate on policy developments that have impacted on the lives of the children and families who may need a social work service, changes in those who need services and recent and proposed changes in the services available.  In future letters I shall say more about how the services are provided and the helping approaches of social workers and their colleagues in the ‘teams around the family’ (see my book on collaborative practice translated into Japanese by Professor Saigo).  

 

I have to start with the fact that after 14 years of a Conservative government we now have a Labour government with a large majority, but with severe ongoing economic difficulties. This means that despite positive plans for service improvement, funding for welfare services is very restricted (income support, health services, schools, housing, community and youth services as well as social work and social care services). The background to the positive plans for service improvement I am writing about in this ‘letter’ is that numbers of children living in poverty have greatly increased (a third of all English children have been living in poverty for at least 3 years); the numbers in insecure temporary housing or homeless is 145,800) and the funding of all these services as well as social work services has been inadequate to meet need. This has resulted in insufficient social workers being trained and poor retention rates to meet the growing need for social work services.

 

Continuity and change in child and family services

 

The 1989 Children Act, with some up-dating amendments, remains the main child welfare legislation and is in line with the UN Convention on the Rights of the Child. The legislation combines provisions, for separated families as well as family support services, child protection services and services for children in out-of-home care. You can see more detail in my Chapter in the 2023 ‘Handbook of Child Protection Systems’. There have been changes in those needing services, partly as a result of the cuts in generally available (universal) services (especially child and adolescent mental health services and those for disabled children) and partly as a result of demographic changes. As a result of government funding cuts, local authorities have cut support services to vulnerable children and families in their own homes (referred to as ‘children in need’ or ‘early help’ services). Many well respected ‘Sure Start’ family centres have closed. As a result, those referred because of possible maltreatment have increased (though only 33% of these actually received a service). There has been a 74% increase in those assessed as needing a child protection plan. More strikingly, 83,840 children are now in out-of-home care (up by 41% since 2008). Most striking is the increase in older children (aged 10 or over) entering care. Family stress and domestic abuse and addictions, in part resulting from poverty, are partly to blame, with more teenagers, especially boys, being drawn into gangs and needing protection from gang violence, but also there has been an increase of on-line sexual abuse. (these are referred to as ‘extra-familial abuse’). Some of the increase in teenagers in care is the result of an increase in increases in unaccompanied child refugees.

 

What is to be done?

There have been 3 recent government-funded but independent inquiries reporting on the problems and recommending changes.

 

  • Independent Inquiry into Child Sexual Abuse (IICSA) (2015-2022)org.uk
    This looked at historic and present sexual abuse within residential child care and boarding schools, and also churches and sports and other day services. Over 6,000 victims and survivors of CSA provided evidence and were advisors to the Inquiry. It produced high quality research, literature reviews, and investigations of known abuse. Amongst detailed recommendations for improved services. it recommended  
        - there should be new legislation requiring all working or volunteering with children to report to the police or social services if they became aware of sexual abuse (Mandatory Reporting). This is opposed by most social workers as an unnecessary addition to current legislation and to date has not been acted on.
  • The Independent Review of Children’s Social Care (the MacAlister Review)

https://committees.parliament.uk/publications/45122/documents/223512/default/

This sought and compiled evidence on problems in all aspects of children’s social care services. It recommended that there should be a big increase in funding of family support services in the expectation that this would reduce the very high costs of children in residential child care (over 80% of which, as well as around 50% of foster family care is provided by large private-for profit agencies). It particularly called for an increase in and better funding for kinship foster care. It also made detailed recommendations about practice, including more use of family meetings to decide on the services needed.

The Conservative government, before defeated in the recent election and replaced by the Labour Government, started to make recommended changes but did not make the recommended funds available (DfE (2023) Stable Homes Built on Love www.gov.uk

There is especially concern about the inadequate in home and residential services for disabled children.  One recommendation of the MacAlister review was that the Law Commission should consider whether legislation was needed to improve services for disabled children. (Law Commission Consultation – Possible changes in legislation re disabled children)

   

  • An important aspect of the UK parliamentary process is the Select Committee system. The Education Select Committee is made up of MPs from all political parties and has an important role in reviewing the work of government. In 2024 the Education Select Committee collected evidence from all those involved with providing or receiving child and family social care services Inquiry into Children’s Social Care Services. It ceased work when the election was called but the written evidence and recordings of oral evidence are available at gov.uk  The letter from the Chairman with advice to the new government makes very interesting reading
    https://parliamentlive.tv/event/index/35512eaa-99fa-4917-981e-30933618204e

 

You might also find this critical commentaries on all this of interest

Sen, R &Kerr C. (eds) (2023) The Future of Children’s Care. Policy Press  I shall come back to some of this in more detail., especially on new developments in practice and service delivery.

 

I hope this letter will stimulate some reflexions and if you have any particular questions, point you would like me to clarify or say more about, I would be delighted if you would let me know (j.thoburn@uea.ac.uk). You can find more detail about the background to my reflexions on social work on my webpage

https://research-portal.uea.ac.uk/en/persons/june-thoburn

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